世界遺産ホイアン。伝説の日本人街?

世界遺産のホイアンは16世紀末から17世紀まで交易が盛んに行われてきました。
日本も鎖国を行うまではホイアンと親しい関係を築いていました。

・ホイアンと日本の意外な関係

例えば、ホイアンには三大名物と呼ばれる、ホイアンに古くから伝わる料理があります。
その中の一つ、「カオラウ」は米粉から作る麺です。

コシがあり、ツルツルと食べることができるのが特徴ですが、実はこのカオラウは日本人がホイアンの民に教えたとも言われています。
確かにうどんのような触感です。

伝説の日本人街を探せ!

また、世界遺産のホイアン市街の中心には「日本橋」があります。
名実ともに現在ではホイアンを象徴する観光スポットとなっています。

この日本橋を中心に、かつては日本人街と中国人街が栄えていたという伝説があります。
ただしこの伝説はほぼ間違ってはいなく、ホイアン市街地では日本や中国の食器等が多数発掘されているほか、近くの港で沈没した日本船も見つかっています。

しかし、まだ不明点も残っていて、これだけ発掘品があるにも関わらず、肝心の場所が分からないのです。
日本人街はどこにあったのか、中国人街はどこに栄えていたのか。

現在の研究者による見解だと、日本橋の左側(グエンティミンカイ通り)に日本人街、右側(チャンフー通り)に中国人街が栄えていたのではと考えられていますが、実のところはまだ不明です。・日本、中国、ベトナムの親交

日本建築と中国建築、そしてベトナム建築が混ざり合って造られた家々はおそらくは日本と中国の親越の証。

当時のホイアンはいったいどのような町だったのかを具体的に証明するような絵巻物や書簡はまだ発掘されてはいません。

しかし、うどんによく似たカオラウや、日本の伝統の照明器具であるぼんぼりがホイアンに浸透しているところを見ると、その親交は深いものだったのでしょう。ホイアンの町を歩くときは、このように当時の歴史を現在に重ねてみると、世界遺産に選ばれた趣深い町並みを一層楽しむことができます。

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